No.55: そのレビューは審議に値するか?|プロジェクトマネージメントのあるべき姿

 開発プロジェクトにおいては、プロセスとして定められた複数のレビューを実施していることと思います。プロジェクトが目標としている成果物を完成させるためには、途中の段階で目標に向かって正しく進んでいるかを確認する作業は欠かせません。その手段の一つとしてレビューがあるわけですが、このレビューは必ずしも効果的に行われていません。

 前回、プロジェクトの要所要所で作業の積み残しがないか確認しながら進めるためのフェーズゲートについてお話しさせていただきました。フェーズゲートは作業が終わっているかどうかを確認するものですが、終わった作業の質を確認するものではありません。作業の質を確認するには、それを判断できる関係者が十分な時間を掛けて作業の中身の議論に入り込まなければなりません。これを単なる儀礼的な通過手段として考えてしまうと、後から取り返すのに数倍の労力を有する事態を招いてしまいます。

 私の経験からレビューの種類には、プロジェクトの計画段階における計画設計レビュー、開発目標の設計段階における基本設計レビュー、開発目標の規模によっては基本設計を受けた詳細設計レビュー、設計・製作のフェーズを経て検証段階に入る前の試験計画レビュー、そしてプロジェクトが目標に達成したかどうかを判定する最終レビューといったものが挙がります。

 例えば計画設計レビューであるなら、プロジェクトマネージャ(PM)が策定した計画がプロジェクトの目標を達成するのに妥当なものであるか、品質は担保できるか、納期に間に合うか、コストはどう見通しているか、そしてそれらの障害となる懸案やリスクにどの様に対処しようとしているか、といったことを確認します。

 PMはレビューアにそれらの資料を提示してその計画を審議してもらうわけですが、ここで重要な問題はその資料が”審議に値するもの”になっているかということです。私は、過去の企業におけるプロジェクトの経験の中で、レビューを開始して間もないうちに”審議に値しない”と判断されてしまう事例を何度か見ています。

 こういう状況に至る最大の要因と私が考えているのは、レビューを受ける側の資料が”自分の書けることや書きたいことは書くが、書かなければならないことを書いていない”ものになっているということです。それは、資料に落とす前の検討内容における、網羅性と深さの両面にあります。

 計画設計であれば、当然計画しておかなければならないことが検討されていない、計画はしているが深く考えておらずちょっと質問されると答えられない、といったことになります。

 人は、それまでの自分が経験してきたこと、知っていることの範囲内で物事を考えてしまいます。しかし、それだけではプロジェクトを成功させることはできません。プロジェクトを成功させるためには考えなければならない項目があります。その様な項目はどこから持って来れば良いのでしょうか。

 それは、皆さんの企業に蓄積されてきているはずです。過去のプロジェクトでハマってしまったところ、トラブルを引き起こしてしまったこと等、様々な経験がその後のプロジェクトに活かされるべきです。蓄積されているものがなければ、私を含め多くの経験を有する外部のリソースを活用してください。

 あらためて、そのレビューに向けて準備した資料は、審議に値するものになっていますか?審議に値するために、検討しておかなければならない項目は分かっていますか?

関係提言:No.7: 計画を”設計”できていますか?